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『父と息子のフィルム・クラブ』 ミステリマガジン 2012・12

Posted by erkazm on 04.2012 新刊書評 0 comments 0 trackback

父と息子のフィルム・クラブ父と息子のフィルム・クラブ
(2012/07/20)
デヴィッド ギルモア

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最近、息子の様子がおかしい。急に成績が下がり始め、学校もさぼっているようだ。問い詰めれば、父子の関係が決定的に破綻してしまう、そう確信した著者は、息子のジェシーにこう告げる。

「どうしても学校にいきたくなければ、もういかなくていい」

映画評論家の父は、学校をやめても働かなくていい条件を二つ出す。一つは麻薬の絶対禁止。もう一つは、週に三本、父が選んだ映画を一緒に見ること。この本のタイトルにもなった『父と息子のフィルム・クラブ』はこうして始まった。

善は急げ、と翌日の午後、選んだ作品はフランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』。専門家の知識を総動員し、トリュフォーとこの映画の背景を説明する。見逃してはいけないシーンを語り、ラストまで一気に見る。共感してほしいと願う気持ちは息子に届かず、彼は退屈していた。


大人は判ってくれない [DVD]大人は判ってくれない [DVD]
(2000/01/19)
ジャン・ピエール・レオー、クレール・モーリエ 他

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しかしデザートのつもりに選んだシャロン・ストーンの『氷の微笑』は嵌った。16歳の少年なら、セックスと殺人に興味を持たないわけがない。


氷の微笑 [DVD]氷の微笑 [DVD]
(2012/04/13)
マイケル・ダグラス、シャロン・ストーン 他

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ちょうどその頃、父の仕事は激減していた。たったひとつ、ホスト役を務める番組の契約満了時期が近づいていたが、継続の話はない。新しい仕事を探そうにも当てがない。自由な時間だけはたっぷりある。失職を恐れる父と学校の束縛から逃れた息子は、映画を通して濃密な時間を共有するようになった。

最初はテーマを決めずにクラシックな作品を選んでいたが、ジェシーが興味を持つように、お互いがその映画の印象的なシーンを選ぶ。スタンリー・キューブリックの『シャイニング』では、父はジャック・ニコルソンが幻想の中でイギリスの執事風のウェイターと会話するシーン。息子は主人公の息子がおもちゃの消防車をとりに、ニコルソンの寝室にそっと入っていくシーンだった。当たり前だが、同じ映画でも胸を突くポイントは全く違う。


シャイニング 特別版 コンチネンタル・バージョン [DVD]シャイニング 特別版 コンチネンタル・バージョン [DVD]
(2010/04/21)
ジャック・ニコルソン、シェリー・デュバル 他

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彼らは様々なテーマを設定し、約3年間父と子の映画鑑賞は続いた。父は自分が学んできた映画に関する知識を、すべて息子に与えようとした。学校を辞め、自宅にいてもいいという条件のためとはいえ、ジェシーにとっても、講義を受けるような映画鑑賞は苦痛だったのではないだろうか。

思春期の少年が何よりも悩むこと。それは女の子のことだ。190センチと大柄で、著者と一緒の写真を見るとハンサムなジェシーはモテた。それも、道を歩けばみんな振り返るような美女をガールフレンドに射止めている。しかしその年頃で、自分が美人だと自覚している少女は概ね性悪である。翻弄され傷つき、いったん別れても恋しがる息子は昔の自分の姿でもある。父は古い映画を見ることで当時の感性を思い出す。同じ映画を見るで、お互いの共通点や相違点を確認すること、それが大事だった。世代のギャップでさえ、話のタネになる。
 
16歳から19歳の3年間は短いようで長い。父親の仕事が少し上向きになった同じころ、フィルム・クラブは突然、終わる。少年は成長し、父はこの間を回顧する。本書をうらやましく思う男性は多いだろう。ファンタジーのようなノンフィクションである。

『風をつかまえた少年』 ミステリマガジン 2011 2月号

Posted by erkazm on 25.2012 新刊書評 0 comments 0 trackback

風をつかまえた少年風をつかまえた少年
(2010/11/19)
ウィリアム・カムクワンバ、ブライアン・ミーラー 他

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かつてイギリスのブレア首相は、国を立て直すために教育の必要性を強く説いた。学ぶこと、それは強制されるものではなく、自ら望んで手に入れるものだ。そういうことが身に沁みて判るのは、社会に出て世の荒波に晒されてからだ、というのが情けない。日本でもカルチャー教室は花盛り。通信教育を望む人の平均年齢は驚くほど高い。
 
さて、アフリカにマラウイという国がある。どこにあるかと尋ねられて、即座に答えられる人は少ないのではないだろか。タンザニア、モザンビーク、ザンビア、ジンバブエに囲まれ、アフリカ屈指の大きな湖「マラウイ湖」に沿ってある小さな国だ。世界の最貧国に数えられている。
 
『風をつかまえた少年』の著者、ウィリアム・カムワクンバはこの国の地方都市・ウィンベで育った。5人兄弟のたった一人の男子として父親の農業を手伝いながら学校に通うごく普通の少年だった。

しかし、2000年に訪れた洪水と旱魃、そして時の大統領の無策により、マラウイは大飢饉に襲われる。カムワクンバ家は貧しいとはいえない農家だったが、それでも食料は底をつき、一日一食、一口を家族みんなで分けるだけの日々が続く。ようやく中学に進学したウィリアムだったが、学費が払えず通うことを断念する。
 
どん底だった経済状態に、ほのかな明かりが見え出したころ、何かを学びたいと飢えていたこの少年は、とあるNPOの寄付によって成り立った図書館で、物理学の入門書と「エネルギーの利用」というアメリカの教科書に出会う。同じような境遇の少年たちが不良化していく様を横目に、彼は「実用としての物理と科学」にのめりこんでいくのだ。ゴミ捨て場に通い、利用できるだろうガラクタを集め、時には人に懇願して売ってもらい、ある目的に邁進していく。周りの人々の目は冷たく、奇人変人と詰られるが、彼の夢は大きかった。
 
風力発電。本から得た知識はそれだ。電気もガスも水道もないこの村に、ふんだんにあるのは風だけだった。アメリカの教科書だけを頼りに、ウィリアムはついに電力を手に入れる。手作りの風車は小学生の工作のようだが、理論は正しく、明かりを手に入れラジオを聞き、携帯電話の充電まで成し遂げてしまう。
 
変人扱いしていた村人も、彼の功績を称え始め、やがて首都のマスコミが報じ、その記事がインターネットで世界中に配信されたのだ。一人の天才少年が世の中に知られた瞬間だ。
 
飢饉で人々が争い、死の直前までを描いた前半はアフリカの多くの国で現在も起こっている実態だろう。しかしウィリアムの「物づくりの欲求」は、少年少女だから持ちえた好奇心だ。この欲求は国や時代を超えて、天才と呼ばれる人々を作り上げてきた。少し昔なら見過ごされていたような存在を、世界中に張り巡らされた情報網が鋭くキャッチする。まさにウィリアムは時代の寵児である。

「何かを実現したいと思ったら、まずはトライしてみることだ」というウィリアムの信念は、幾つになっても心がけたいと強く思う。

アニエス・ジアール『エロティック・ジャポン』@ミステリマガジン4月号

Posted by erkazm on 18.2011 新刊書評 1 comments 0 trackback
エロティック・ジャポンエロティック・ジャポン
(2010/12/18)
アニエス・ジアール

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書店の平台でひと際目を引いていた。しかし手に取るのは躊躇われる。女ならばなおさらだ。しかし、どうしても気になって取り上げ中をパラパラ見て「これは買いだ」と直感した。で、値段を見て仰天、3800円!一度は戻して家に帰ってきたものの、どうしても欲しくて手に入れた本が『エロティック・ジャポン』である。

著者のアニエス・ジアールは新進気鋭のフランス人女性ジャーナリスト。もともとは日本のアニメの研究家として有名だったそうだ。しかし、2006年に本書が刊行されると日本のサブカルチャーのエキスパートとしての地位を確立し、フランス政府に第一人者として認められた。本国でも4000円近くする本だが、現在でも順調に版を重ねているという。
 
さて本書は徹頭徹尾、日本のエロスについて論じている。第一章のタイトルはなんと「パンティ愛」。下着に対するフェティッシュな欲望は世界共通だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

小学生のスカートめくりから始まり、カメラ小僧のパンチラ写真やいまや懐かしい感じさえするブルセラ女子高生の話は当然で、パンティを活力源とする「ドラゴンボール」の亀仙人や「らんま1/2」の八宝菜老人、「シティハンター」の主役、冴羽獠まで俎上にあがる。欧米ではどうやらパンティを見て目を血走らせ鼻血を噴出すキャラクターは受け入れがたいらしく、札束に入れ替えられている場合もあるという。あまりにも幼い時から刷り込まれているせいか、日本人は異常なことだと認識していなかったのだ。
 
セックスのさなかに女性が叫ぶ言葉も、外国では「カム」なのに、日本人は「イヤ」。一度は拒否しても、抗えぬ快楽に身を委ねる様に、日本男子は魅力を感じる。確かに強姦もののAVや恋人同士のDV体験など、陵辱することに対する男の執着は女には理解しがたい。著者のいう、恥の文化が直接エロスに結びつくがどうかは少々疑問だが、実際の例をこれだけ見せられると、日本の文化の根底に流れる性に対する認識が、特殊なものであると考えざるを得ない。
 
異種婚姻譚や性器のご神体、SM、スカトロ、ラブドール。コスプレ、メイドにビジュアルロック。やおい、宝塚、ホモにゲイ。マザコン、女装、ナショナリズム。ヤマンバ娘に援助交際。歌舞伎町に溢れかえるセックス産業のさまざままで、著者の好奇心は縦横無尽に走り羽ばたく。日本人に生まれながら、こんなに奇妙な欲望が世の中に存在していたことをまったく知らなかった。少し損をした気にさえなる。

5年ほど前の本なのでいまさらという事柄も多いが、ミニモニがAKB48に変わったくらいの違いしかないのかもしれない。西洋人が日本文化のどこに惹かれるのか、日本人が気づかないエロティックなファクターは何なのか、著者の思惑とは反対に、外国人を観察・研究する本としても興味深い。
 
セックスの年間平均回数がいつも世界の中で最低の日本。しかし本書を読むと、行為そのものよりもエロティクライフがバラエティ豊かなことが原因かもしれない。創意工夫と想像力では世界一。日本人は古くからバーチャルなことが得意だったというわけか。

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来月から本格始動の「HONZ」コンテンツのひとつに”カバーなしだと外で読めない本”というジャンルを作ろうかと思い、最初に浮かんだ本がこれ。

本屋ではいつもカバーを断る。
ひとつには処分するときにゴミになるからで、もうひとつは本の宣伝をしたいからだ。
書評家たるもの、自分の読んでいる本は誰かに興味を持ってもらいたいと思うもの。
実際、電車のなかでまじまじと見られ興味をもってくれた、と手ごたえを感じたことは一度や二度ではない。

しかし、この本はさすがに恥ずかしくてダメだった。
それじゃ、外の装丁をはずしてみたら…いやぁ、もっとダメ!
書店で確認してみてください。

吉岡逸夫『白人はイルカを食べてもOKで日本人はNGの本当の理由』(講談社+α新書)

Posted by erkazm on 30.2011 新刊書評 0 comments 0 trackback
白人はイルカを食べてもOKで日本人はNGの本当の理由 (講談社プラスアルファ新書)白人はイルカを食べてもOKで日本人はNGの本当の理由 (講談社プラスアルファ新書)
(2011/04/21)
吉岡 逸夫

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昨年のアカデミー賞ドキュメンタリー部門を受賞した『ザ・コーヴ』は和歌山の太地で行われているイルカ漁をセンセーショナルに撮影した作品である。先祖代々受けついできた漁業をやめろと声高に叫んだこの映画は、上映問題でもめたので、記憶にある人も多いだろう。

ザ・コーヴ [DVD]ザ・コーヴ [DVD]
(2011/02/25)
ルイ・シホヨス、リチャード・オバリー 他

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実際、ドキュメンタリーやノンフィクションは撮影者や監督、作者の意図によっていろいろな見方があるから、作品を作ることは問題ではない。しかし妨害行為がなされるとなれば話は別だ。かつてイルカやクジラを食べることは、日本人にとっては普通のことだった。給食で「クジラの竜田揚げ」を食べていたのは、40歳以上の世代になってしまったか。近年では「クジラ・イルカ禁猟」のほうが当たり前になってきたようで、若い人では「そんな可哀想なことはできない」と言う人のほうが多いのかもしれない。

ただ、そこに政治的な背景や人種差別、あるいは意図的に論旨を捻じ曲げている事実があるかもしれない、ということは知っておいたほうがいい。『白人はイルカを食べてもOKで日本人はNGの本当の理由』を読むと、反対派の理不尽な根拠に血が頭に上りそうになる。

著者の吉岡逸夫は中日新聞の新宮局長。問題の太地に隣接した場所で取材を続けている。もちろんイルカ漁も取材済みだ。地元の人はその様子が報道されることを嫌う。『ザ・コーヴ』の件もあるし、それ以外でもこの漁に批判的な人が多いからだ。食べるばかりでなく捕獲して水族館へ渡すことも漁の重要な部分になる。その理解のためか、太地には海水浴場でイルカと一緒に泳げるようなアトラクションもある。

『ザ・コーヴ』で流された、海を血で真っ赤に染めた漁は、現在行われていないということは、本書で初めて知った。苦痛を与えないための新しい漁法が確立されていたのだ。それでもシー・シェパードなどを筆頭に、この漁への反対はおさまらない。



吉岡はそのシー・シェパードの幹部とのインタビューを敢行する。ちなみに彼はアメリカのコロンビア大学のジャーナリズム科を修了していて、英語に不自由はない。ところが、幹部とのやりとりはまるでこんにゃく問答で、質問と答えが行き違うばかり。最後には吉岡がけんか腰になってしまい、戦術負けだ。朴訥な漁師では歯が立たないだろう。

そこで吉岡は、今でもイルカ漁を続けているデンマークのフェロー諸島へ向かう。白人でありながらイルカ漁を行う人々の考え方を取材するためだ。そこで出会った人たちから、彼は日本人の対応の仕方のまずさを思い知らされることになる。

スキューバダイビングを始めたころ、伊豆のスーパーマーケットでイルカの切り身が普通に並べられているところを見てびっくりした。私も「わんぱくフリッパー」や「イルカの日」を見て育った世代だから、知らず知らずのうちに「イルカは賢い」が刷り込まれていた。

イルカの日 [DVD]イルカの日 [DVD]
(2009/06/10)
ジョージ・C・スコット、トリッシュ・ヴァン・ディーヴァー 他

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それと漁とは話が別であると気づいたのは、現地の漁師と話してからだ。命をいただいて食べることは家畜でもイルカやクジラでも変わらない。きちんと抗議できる根拠を出して、話し合いを持つ力を養わなくてはならない。日本人にとってはとても難しいことではあるが。

参考までに、エスキモーの小さな村に住み着き、伝統的なクジラ漁を体験したノンフィクションも紹介する。

私の名はナルヴァルック私の名はナルヴァルック
(2010/08/26)
廣川 まさき

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畑村洋太郎『危険な学校 わが子を学校で死なせないために』(潮出版社)

Posted by erkazm on 26.2011 新刊書評 0 comments 0 trackback
危険な学校―わが子を学校で死なせないために危険な学校―わが子を学校で死なせないために
(2011/03)
畑村 洋太郎

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※ この書評は時事通信社の依頼で書かれた文章に、現在の状況を加筆してあります。

3月11日の東日本大震災の被害は被災者の数、被害総額ともにかつてない膨大なものとなった。あれから2ヶ月以上経って、ようやく検証がされ始め、対策が練られ始めているが、何もかも失ったところからどうやって回復していけるのか、まだ先が見えない。

その上、未だ先の見えない原発事故は、実はぎりぎりの状態だったことを、ここにきて国民は知らされた。果たして、今、国が取っている対策は正しいのだろうか。

このたび、畑村洋太郎東大名誉教授が福島第1原発危機の原因解明のための第三者機関「事故調査・検証委員会」の委員長に指名された。畑村教授は「失敗学」つまり、何が間違っていたかを突き止める専門家として知られる。

失敗学のすすめ (講談社文庫)失敗学のすすめ (講談社文庫)
(2005/04/15)
畑村 洋太郎

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しかし教授は、現在では「失敗学」から一歩進んだ形の「危険学」を提唱している。重大事故を防ぐためには失敗を受け入れているだけでは不十分で、周りにある具体的な危険を察知し、効果的な対処法を考え、再発防止に役立てなければならないと考えた。それが危険学だ。

畑村教授の新刊『危険な学校』はその「想定外」で起こった学校での事故を調査し、本来安全でなければならない場所で、子供たちが命を落としてしまった原因を突き止めていく記録である。

本書は「学校」という決められた場所での事故を取り上げているが、実は「学校」を「社会」に変えれば、ほとんどの事例は身の回りにあることばかりである。「はじめに」に書かれている「事故につながる危険」への考え方は、誰もが肝に銘じなければならないことだ。たとえばこうだ。

守るべき規則を作り、それをみんなでひたすら守るという形で行うのが従来の安全対策です。「これをやれば安全」として、決まり切ったことをやり続けることで安全が確保できると信じられてきました。(中略)この方法では、想定からはずれたところで発祥している新たな危険に対抗することはできません。決められた安全対策をひたすら愚直に行っても、ある段階に来ると必ず飽和状態になるのです。



大地震にあってしまった後だからこそ、この言葉の意味が分かる。原発問題も、安全への過信と自然に対する傲慢な気持ちが今の状態を作り上げたのかもしれない。
 
本書で取り上げた事例は、屋上の天窓からの墜落死、始業間際に門扉に挟まれた女子高校生、六本木ヒルズの回転ドアの事故、プールでの水死、子供が加害者になる自転車事故など、多くの人たちの記憶に残っていることばかりである。
 
年間七十人もの子供が、学校内で命を落としているという。墜落死や設備による事故は、大人が子供の遊び方や目の高さに気を配り、きちんとメンテナンスをしていれば防げるものが多い。教師は教育のプロではあるが、設備管理のプロではない、という当たり前のことに気づかされた。
 
危険を、ただ取り除けばいいということはない。子供たちに、危険なこととはどういうことなのか学ばせなければ意味がないと著者は力説する。海外で危険な目に合う日本人は、確かに安全に慣れすぎているからだ。
 
本書は震災前に書かれたものだが、各所に災害に備えた心構えが記されている。特に、三陸沖地震における津波被害への警鐘は、まるで予言したかのようである。

想定外の危険に対抗するのは、安全の側からものを見るのではなく、絶対起こしてはいけない重大事故の効果的な防止法を導きだすのが必要、という言葉を、原発事故が起きる前に読んでおきたかった。

  

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