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『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』

Posted by erkazm on 20.2016 掲載記事 0 trackback
「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気
牧村 康正 山田 哲久
講談社
売り上げランキング: 4,184

 
1974年10月6日、日曜日の夜7時半にアニメ「宇宙戦艦ヤマト」が開始された。当時高校生だった私は、最初は興味が持てなかった。だが回を重ねるうちにクラスの男子たちが騒き始めたのだ。普段はあまり目立たないおとなしい子ほどの夢中になった。思えば、その後に続くガンダムやエヴァンゲリオンの熱狂を作った最初の世代だったのだ。

西崎義展。「宇宙戦艦ヤマト」を最初から今までプロデュースした男だ。大胆にして繊細、剛毅にして小心、ずるい小悪党でありながら人たらしの天才というカリスマ・プロデューサーの名前は本業以外でも有名だった。

曰く、多くの女性タレントを愛人にしていた。
曰く、会社の金を使い込み外国に高跳びし、多くの関連会社を倒産に追い込んだ、など。

極めつけは覚せい剤取締法違反などで8年2か月の実刑判決を受けたことだ。出所したのは72歳のとき。誰もがこれでおしまいだと思っていたが、ここからまた復活する。SMAPの木村拓哉を主役に据えた「宇宙戦艦ヤマト 復活篇」の公開は2009年12月12日。シャバに出てきてわずか3年後のことであった。

本書では西崎が関わったアニメ、イラスト業界の様々な人の苦い証言が収められている。芸能プロモーターで食い詰めた西崎が、このアニメ業界への足掛かりにしたのは手塚治虫の虫プロ商事入社だった。すでに倒産間近と目されていた虫プロを一時的であれ復活させた強引な手腕は、憎まれながらも認められていた。

虫プロを離れ、直後に企画された「宇宙戦艦ヤマト」は「二千××年、地球上の全人類が滅亡しようという時に、決然と立った少年少女の活躍を物語る」ものだった。と同時に、西崎は漫画原作に頼らず、現場のスタッフの討論によって緻密なシナリオを作り、金を惜しまず、版権ビジネスや音楽の重要性を見出した。その業績を高く評価する人も多い。

2011年、小笠原の海で水死したのも、彼の伝説のひとつとなった。この男は本当に悪党だったのか。間違いないのは、こういう破天荒な人間が新しい時代のパイオニアであるということだ。
                                                       (「STORY BOX」(小学館)1月号 掲載)
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