『父と息子のフィルム・クラブ』 ミステリマガジン 2012・12
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最近、息子の様子がおかしい。急に成績が下がり始め、学校もさぼっているようだ。問い詰めれば、父子の関係が決定的に破綻してしまう、そう確信した著者は、息子のジェシーにこう告げる。
「どうしても学校にいきたくなければ、もういかなくていい」
映画評論家の父は、学校をやめても働かなくていい条件を二つ出す。一つは麻薬の絶対禁止。もう一つは、週に三本、父が選んだ映画を一緒に見ること。この本のタイトルにもなった『父と息子のフィルム・クラブ』はこうして始まった。
善は急げ、と翌日の午後、選んだ作品はフランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』。専門家の知識を総動員し、トリュフォーとこの映画の背景を説明する。見逃してはいけないシーンを語り、ラストまで一気に見る。共感してほしいと願う気持ちは息子に届かず、彼は退屈していた。
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しかしデザートのつもりに選んだシャロン・ストーンの『氷の微笑』は嵌った。16歳の少年なら、セックスと殺人に興味を持たないわけがない。
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ちょうどその頃、父の仕事は激減していた。たったひとつ、ホスト役を務める番組の契約満了時期が近づいていたが、継続の話はない。新しい仕事を探そうにも当てがない。自由な時間だけはたっぷりある。失職を恐れる父と学校の束縛から逃れた息子は、映画を通して濃密な時間を共有するようになった。
最初はテーマを決めずにクラシックな作品を選んでいたが、ジェシーが興味を持つように、お互いがその映画の印象的なシーンを選ぶ。スタンリー・キューブリックの『シャイニング』では、父はジャック・ニコルソンが幻想の中でイギリスの執事風のウェイターと会話するシーン。息子は主人公の息子がおもちゃの消防車をとりに、ニコルソンの寝室にそっと入っていくシーンだった。当たり前だが、同じ映画でも胸を突くポイントは全く違う。
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彼らは様々なテーマを設定し、約3年間父と子の映画鑑賞は続いた。父は自分が学んできた映画に関する知識を、すべて息子に与えようとした。学校を辞め、自宅にいてもいいという条件のためとはいえ、ジェシーにとっても、講義を受けるような映画鑑賞は苦痛だったのではないだろうか。
思春期の少年が何よりも悩むこと。それは女の子のことだ。190センチと大柄で、著者と一緒の写真を見るとハンサムなジェシーはモテた。それも、道を歩けばみんな振り返るような美女をガールフレンドに射止めている。しかしその年頃で、自分が美人だと自覚している少女は概ね性悪である。翻弄され傷つき、いったん別れても恋しがる息子は昔の自分の姿でもある。父は古い映画を見ることで当時の感性を思い出す。同じ映画を見るで、お互いの共通点や相違点を確認すること、それが大事だった。世代のギャップでさえ、話のタネになる。
16歳から19歳の3年間は短いようで長い。父親の仕事が少し上向きになった同じころ、フィルム・クラブは突然、終わる。少年は成長し、父はこの間を回顧する。本書をうらやましく思う男性は多いだろう。ファンタジーのようなノンフィクションである。
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