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Posted by erkazm on 16.2015 未分類 1 comments 0 trackback

アホウドリを追った日本人――一攫千金の夢と南洋進出 (岩波新書)アホウドリを追った日本人――一攫千金の夢と南洋進出 (岩波新書)
(2015/03/21)
平岡 昭利

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鎖国が解かれた明治以降、日本人は小さな船を操り数々の危険を乗り越えて、海の彼方の無人島を目指した。最初は八丈島近く、やがて大海原を越えて太平洋のど真ん中まで進出していく。断崖絶壁の鳥島、岩だらけの尖閣諸島、ハワイ諸島西端のミッドウェー島まで、なぜ日本人は命がけで絶海の孤島を目指したのか。

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彼らが求めたもの。それはアホウドリの羽であった。

幕末に横浜が開港してから、横浜商人のなかに鳥類を営業扱い品目に記載している店がかなりみられた。飼育用もあるが、多くは羽毛採取目的の鳥だと考えられる。当時、ロンドン市場では日本からの羽毛が、年間数千羽の規模で取引されていたという。鳥類は日本にとって重要な輸出品目であった。

1876年にパリでは羅紗より5倍軽く、3倍暖かい鳥の羽毛の衣類が大流行していると読売新聞が報じると、それまで破棄されていた羽毛を精製し、輸出が開始された。ヨーロッパの貴婦人たちの帽子や衣服、アクセサリーの原料として珍重されたのだ。

南洋のアホウドリに最初に目を付けたのは、八丈島の大工、玉置半右衛門という男である。彼は、維新前から江戸幕府による小笠原開拓に従事していた。

当時の小笠原は、台風などの自然災害のため食料の確保も難しく、生活は極めて厳しかったが、べっ甲細工のウミガメ、料理に使うキクラゲ、染料の藍など高価な天然資源が取れるため、開発が急がれていた。その財産のひとつにアホウドリがあった。当時の小笠原諸島はアホウドリの楽園であったのだ。

アホウドリは両翼を広げると2.4メートル荷もなる太平洋で最大級の海鳥だ。名前の通り人を恐れず、その上、大型の鳥ゆえ飛び立つために20~30メートルの滑走が必要である。人が捕獲しようと思えば、極めて簡単なのだ。
明治10年代になると小笠原への移住者は急増し、多くのアホウドリは棍棒で撲殺され、羽毛は横浜の外国商人に、肉は乾燥して自家用の食料に、卵は本土に送られた。だがあまりに短時間に大量の捕獲を行ったため、5~6年で激減しほとんど壊滅状態となった。

開発に携わった玉置半右衛門は、その様子をつぶさに観察していた。アホウドリの価値を十分認識していた彼が眼を付けたのは、伊豆諸島最南端の無人島、鳥島である。鳥島の「牧畜開拓」という名目で、借地と下船許可を東京府から得た。
1887年、南洋開拓の必要性から小笠原諸島南方の火山列島探検が実施される。このときの逓信省大臣は、移民・殖産事業に情熱を燃やす榎本武揚。この一行に玉置半右衛門ら13人が同乗し、鳥島へ向かった。

鳥島で下船した13人は見渡す限りのアホウドリに驚嘆する。事業の成功を確信した玉置半右衛門は時の政府に農業、牧畜、漁業の開拓実績を強調し、この島を無償で10年間借り受ける許可を取る。その年から翌年にかけて男女合わせて40人が入植。撲殺による捕獲が始まった。労働者一人当たり1日100羽、200羽は当たり前。半年間で10万羽が殺されたという。

アホウドリの羽毛は3羽からおよそ600グラム取れる。変動はあるものの、アホウドリの腹毛60キログラムは30円から50円。最高の部分では100円にもなった。年間の収入はおよそ6万から7万円。経費を抜いた玉置半右衛門の取り分はおよそ4万円。
当時の小学校教員の初任給8円。現在の相場である20万円として換算すると、年収10億円にもなる計算である。鳥島上陸4年後には築地に本店を構え、9年後には全国の長者番付に名前を連ねる大実業家となった。

玉置半右衛門の大成功が、ヒーローものの冒険活劇として新聞や雑誌に取り上げられるのと時期を同じくして、国力の充実を図るため南進論が台頭する。まだ武力進出という目的ではなく、無人島探検と開拓、そして貿易が主眼であった。第2、第3の玉置半右衛門を目指し、一獲千金を目論んだ多くの男が島を目指したのだ。

しかし15年後、鳥島は大噴火を起こす。島で従事していた125人は全滅。「アホウドリのたたり」と呼ばれるほどの大惨事となった。

他の島でも乱獲は続き、当然のことながらアホウドリは減少の一途をたどる。そのため、日本人はさらに遠くの無人島を求めていく。それは諸外国との軋轢を生むこととなった。ユートピアを目指すあまり、存在しない島が書かれた地図も著された。

羽毛を諦めた人たちが次に狙ったのは鳥の糞「グアノ」である。肥料として珍重されたグアノを求め、アメリカなどと争奪戦は激しさを増す。無人島分捕り合戦が、第二次世界大戦における南洋の足場になっていくとは、その時、誰も想像しなかっただろう。

著者は地理学の専門家である。40年ほど前に沖縄本島から東方へ360キロ離れた南大東島で地理学の調査を行っている時に、ある疑問にとらわれたのだ。断崖絶壁の無人島に1900年代に遠く伊豆諸島の八丈島から入植した人たちがいたのはなぜなのか。
手がかりはアホウドリにある、と気づいたときこの壮大な謎解きは始まった。
戦後、絶滅寸前まで追いやられ、特別天然記念物に指定されたアホウドリだが、つい先日、山科鳥類研究所がアホウドリ繁殖を小笠原の媒島で確認した。人を恐れぬ巨大な海鳥を、これからは温かく見守っていきたい。
(地図は編集部よりお借りしました)
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