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『ギャングース・ファイル 家のない少年たち』

Posted by erkazm on 04.2016 新刊書評


小さい子どもが虐待を受けたというニュースを見るたびに、胸の奥が痛みどうしようもない気持ちになる。一番可愛そうなのは、当然ながら子どもだけれど、救えなかったことで苦しみ悶える人々もたくさんいるだろう。どうにか生き抜いた子ども達だって、全員幸せになるとは限らない。
 
2008年に上梓された『家のない少女たち』というルポルタージュは衝撃的だった。(2010・10宝島文庫に収録)著者の鈴木大介は実話系の雑誌で犯罪する側の心理を取材するルポライターだ。この本は、虐待や育児放棄、貧困の結末で、路上に彷徨出でた少女たちにスポットを当てている。発展途上の国で、ストリートチルドレンとして生きる子どもの姿は、本や映像でたくさん見てきたが、日本のこの時代に「生きるための売春」をする少女たちがいることは、大きな驚きであった。そしてその逞しさには感動すら覚えた。
 
では、少年たちはどうしているのだろう。その疑問を解消してくれたのが、今回紹介する『家のない少年たち』だ。彼らもまたストリートに出た。小学校すら満足に出られず、施設や親戚をたらい廻しにされ、空腹の為に万引きを繰り返した末、警察に捕まる。少年鑑別所、少年院とお決まりのコースの末、立派な不良が出来上がる。鈴木はそんな犯罪少年たちのその後を追跡取材した。
 
主な登場人物は4人。22歳の須藤龍真は小柄ながら筋肉隆々の青年だ。不良少年のエリートコースから逃げ出し、今では青年実業家である。彼が鑑別所で出会い、後に「兄弟」と言い交わす面々は、15歳で腕から首筋に青々とした和彫りを施した杉田啓介、小学6年で暴走族デビューをし、ゴリラのようなガタイの万田勝、中学生でMDMAの末端売人をしていた斉藤健吾だ。みんな、似たような体験をした仲間だと確信した4人は、三国志の「桃園の誓い」のように人生を一緒に過ごしていこうと話し合う。全員が少年院を出院できたのは2005年のことだった。
 
地元に縛られていては元の木阿弥だと、彼らは「フリーダム」を決め込む。院の中でさんざん考えたビジネスを実行に移し、窃盗や事務所あらしをし、得た品物は知り合った中国人に格安で売りさばく。しかし、それでは生き残れないと龍真は知恵をめぐらしていく。
 
彼ら以外でも「オレオレ詐欺」を筆頭に新手の詐欺の実態や携帯電話や銀行口座を売りさばく裏社会の総合商社のような孤独な青年、田舎者のホストを食い物にする狡賢いやつ、闇の投資話など小説にしたら「リアリティがなさすぎる」と酷評されるだろうと思うほどぶっ飛んだ話が続く。

 犯罪を許すつもりも加害者を擁護するわけでもないが、この壮絶な事実は多くの人に知ってもらい考えていきたいと思う。
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『眩(くらら)』巨匠・北斎の娘を陰影ゆたかに描く傑作”

Posted by erkazm on 11.2016 新刊書評 0 trackback
眩

ここ数年、江戸の絵師を描いた傑作小説が続々と生まれている。等伯、若冲、永徳、豊国、暁斎など、筆に命を懸け個性駅な絵を残した人々の一生は、みな魅力的だ。

そしてここにまたひとり、伝説の女絵師を描いた作品が登場した。名はお栄、画号は応為。父はあの葛飾北斎である。幼い頃より膝に抱けれて絵筆を持ち、父親の工房で働いてきた。

家事一般はすべて苦手で、嫁いだ先でも夫の面倒を見るより、まず絵を描く。もちろん早々に夫婦別れをしてしまう。

その後は北斎が九十歳で大往生するまで右腕として尽くしていく。気ままな親父を慕い、その背を追いかけ、もっと上手くなりたい、もっと違う絵が書きたいと悶え苦しむさまは、女も男も関係なく、物を創造する人々すべてが味わう苦しみなのかもしれない。
 
煩悶の末、書きあがった絵を思わぬ人から褒められると、ふっと報われた気持ちになる。それを支えに高みを目指す。出来ばえに満足することなど決してない。
 
文政年間、絵師にしても戯作者にしても、きら星のような天才が現れた。曲亭馬琴、為永春水、安藤広重、柳亭種彦。

そして渓斎英泉。女たらしの浮世絵師であり戯作者であるこの男が、絵師としても女としてもお栄を磨きあげていく。
 
浮世絵の制作過程も興味深い。北斎のような大物は下絵を書いて、あとは弟子たちが彩色し、彫師が版木に彫り、摺師が紙に重ね刷りする。ぴーんと張りつめた作業を、著者は息を詰めるように描いていく。読者もまた息を止めて出来上がりまでを目で追っていくのだ。
 
時代は幕末近く、応為の絵は西洋画の技法として遠近法や影と光をとりいれて、傑作「吉原格子之図」を完成させる。(カバーの装丁はこの絵を使っている)。

一昨年、太田記念美術館で行われた展覧会で、私はこの絵を見た。花魁たちを照らす煌々とした光を食い入るように見つめる男たちのシルエット。『眩』は「江戸のレンブラント」と呼ばれる応為の生涯を陰影くっきりと浮かび上がらせた傑作である。
(週刊現代 4/9号 ブックレビュー)

『やがて海へと届く』 気持ちの底が温かくなる物語

Posted by erkazm on 11.2016 新刊書評 0 trackback


東日本大震災で九死に一生を得た作家、彩瀬まる。『暗い夜、星を数えて―3・11被災鉄道からの脱出』(新潮社)で、その恐怖の体験を記しているが、作家としてどう昇華するか期待とともに注目していた。




あれから5年。『やがて海へと届く』が上梓された。それは私が望んでいたとおり美しくて恐ろしくて、でも腑に落ちる作品として完成されていた。
 
真奈とすみれは大学時代からの気心が知れた友人だ。3年前の大震災の前日、すみれは一人旅に出てそのまま行方不明になった。
 
すみれの恋人も家族も、彼女の死を受け入れ始めているが、真奈は未だに戻ってくるような気がしている。すみれのいないことに慣れてきた人たちを少し憎んでもいるようだ。
 
勤め先のレストランの店長が自殺し、新しい店長がやってきて仕事のやり方が一新されても、世の中は普通に回っていく。誰も好きになれないと思っていても、いつのまにか恋は訪れる。受け入れ難いと思っていても、日々は続いていく。
 
一人称の小説だが、一章おきに人物が変わる。かたや生臭い現実を過ごし、かたや夢のなかをさまよう。

死によって世界が隔たってしまったふたりの間に、ほんの一瞬だけ思考が交錯する。「フカクフカク」という呪文のような言葉は、やがてそれぞれのいるべき場所へいざなっていく。
 
不意に居なくなった大切な人は今でも旅を続けている。そして自分もいつかそこに行く。気持ちの底が温かくなる物語である。
(公明新聞 2・22)

『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』かつて、国境を越えて「五族協和」を目指した若者たちがいた。

Posted by erkazm on 25.2016 新刊書評 0 trackback
五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後
三浦 英之
集英社
売り上げランキング: 5,168


「青雲の志」という言葉は、徳を磨き立派な人物を目指し、行く末は立身出世を夢見る若者によく使われる。だが、本当に「青雲の志」を持つ青年は滅多にいるものではないし、簡単に叶えられるものでもないだろう。

だが、そんな青年たちの物語は私たちの心を熱くする。夢にたどり着けなかったにせよ、初心に抱いた真っ直ぐな心情はまぶしい。
 
第13回開高健ノンフィクション賞の受賞作『五色の虹』は「青雲の志」を抱いた青年たちの心と、50年後の物語である。

1931年、満洲事変が起こり、それを契機に満洲国が建国された。清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀を元首とし、実質は日本の支配下となる。北と東はアムール川とウスリー川を隔ててロシアと接し、南は鴨緑江を境に朝鮮半島、西には大山脈の向こうにモンゴルという場所にあった。

満州国地図
(Wikipediaより)

この地に文化系最高学府として「建国大学」が設立されたのは1938年。民族協和を建学の精神とし日本人・朝鮮人・中国人・モンゴル人・白系ロシア人の優秀な学生を集めて共同生活をし、将来の満州国の指導者となるべき人材の育成を目指した。授業料・生活費すべては官費で賄われるという条件から、創立時150名の募集に対し、2万人の志願者があった。だが1945年、終戦によって満州国が瓦解し、この大学も消滅したのだ。

新聞記者である三浦英之が建国大学の名前を聞いたのは2010年のこと。敗戦後、ソ連軍の捕虜になり中央アジアで強制労働をさせられたという男性の向学心がとても強いことに驚嘆したのだ。85歳になった今でもロシア語の勉強を続けるのは、いつまた来るかもしれないロシアとの軋轢を警戒してのことだという。そしてこう明かしたのだ。

「私はこれでも建大生の端くれですから」
 
その後「幻の大学」と呼ばれる建国大学について少しずつ調べ始めたが、資料がほとんど存在していないことを知る。
 
たまたまその年に、最後の同窓会が東京で行われた。三浦はその場に赴き、出席者の姿をカメラに収める。彼らは間違いなくスーパーエリートであった。合格率1%に満たない超難関を越え、満州国が国是とした「五族協和」を目指した若者だったのだ。
 
しかしその後の過酷な運命は国により、立場により全く違ったものとなる。その足跡を求め、生き残っている建大生の力を借りて、三浦は、日本国内はもとより、中国、韓国、モンゴル、台湾、カザフスタンへインタビューの旅に出る。それは、何者かが三浦に課した使命のようにも思えた。

あの戦争に触れることができない人々がいまでもいる、そのことに驚かされる。彼らが人生最後に語りたいということを、しっかりと受け止めたいと強く思う作品であった。
(小説すばる 2016/2月号)

『「全世界史」講義」ⅠⅡ 1万冊読破の教養人による興奮の知的エンタメ!

Posted by erkazm on 10.2016 新刊書評 0 trackback
「全世界史」講義 I古代・中世編: 教養に効く!人類5000年史

「全世界史」講義 II近世・近現代編:教養に効く! 人類5000年史


なぜ「人類5000年史」なのか。理由は20万年に及ぶ人類の歴史の中で、文字資料が残っているのが5500―5000年前からだからだという。本書は絵や考古学的遺品から類推するのではなく、人間が生きて考えた証拠である文字を基本に歴史を組み立てていく。
 
著者はライフネット生命保険株式会社の会長兼CEO。京都大学で歴史の講座を受け持ったこともあるほどの知識人である。読書家としても有名だ。彼が読んだ1万冊以上の本から、事実と思われることを組み合わせ、5000年を一筆書きのように書き上げたのが本書である。Ⅰ・Ⅱの2冊に分けられ、5部構成となっている。Ⅰは古代と中世、近世以降がⅡとなる。

興味深いのはⅠだ。文字の誕生から始まり、さまざまな人の営みの「初めて」を辿っていく。学生時代に習った四大文明はそれぞれ個別に発生したように思っていたが、実は密接な繋がりがあり、時間とともに広がったことが証明されていく。

なぜ戦争というものが起こったのか、なぜ宗教が必要となったのか、なぜ国という概念ができたのか。さまざまな文献に記された事実を組み合わせ、大きな事件が鮮やかに解読されていく。

気候が温暖で、十分に食べるものがあり暮らしやすい時期には、人は争いを起こさないものだ。反対に寒さや暑さによって土地から逃げ出せば、玉突きのように次の土地の人間を追い出すか、あるいは闘わなくては生き延びられない。人もまた自然に生かされているのだ。

Ⅱは西暦1400年以降を細かく読み解いていく。年号を覚えるだけの味気ない教科だった世界史が、こんなにもダイナミックな因果律でできていたのかと感動すら覚える。

「歴史は苦手だ」と尻込みする前に、最初の10ページだけでも読んでほしい。本書はあなたの知的好奇心を大いに刺激するだろう。

(週刊新潮 2月11日号)
  

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