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『自衛隊のリアル』日本のリアルを知る一冊

Posted by erkazm on 15.2016 未分類 0 trackback
自衛隊のリアル
自衛隊のリアル
posted with amazlet at 16.08.15
瀧野 隆浩
河出書房新社
売り上げランキング: 149,965



集団的自衛権の行使を可能にする新安保法案が9月19日の参議院本会議の採決をへて成立した。憲法違反であるという裁判官や法学者たちの意見も蔑ろにされたまま、多くの国民は不安を抱えている。実際の現場に出ていくのは自衛隊である。しかし今まで、現場の自衛官たちの本音を聞く機会は少なかった。

本書は防衛大学校卒の新聞記者が、多くの自衛官やそのOB、家族にまで取材し、本心を探った一冊である。

彼らは法案と自分たちの立場の乖離に危機感を感じ始めている。「殺す/殺される」という戦場に向かうリアルな気持ちは、私たちが想像することのできないものだ。

2004年、イラク復興支援活動のため陸上自衛隊が派遣された。大きくは報道されなかったが、彼らは攻撃を受けていたのだ。死傷者がなかったのは僥倖に過ぎない。

本当の戦闘の際、自衛隊員は撃てるのか。創設から60年で撃たれた弾は一発だけで、それは遭難した登山者の遺体のザイルを狙ったものだ。陸自の一般部隊では実践的な教育も訓練もなされていないという。

1999年の「能登半島沖不審船事件」にはさらに戦慄させられる。北朝鮮の不審船を追跡中、海上自衛隊に「海上警備行動」が史上初めて発令された。不審船を停止させたが、「立ち入り検査」をするにも武器も防弾チョッキもない。腹の周りにマンガ雑誌を括り付け、彼らは命令を待つ。不審船は再度逃走したため大事にはならなかった。
 
本書では数々のこのようなエピソードが紹介される。報道されていない危機がこんなにあったのか。
 
先日の大洪水の際の活躍は記憶に新しい。今後はそこに「戦争の現場」が含まれる。自衛隊は国から派遣されるのだ。使う人間が間違えれば、彼らの活動は批判されてしまうだろう。今回の法案に賛成でも反対でも、自衛隊の直面してきたリアルはきちんと知っておくべきだと思う。
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『ローラ・ブッシュ自伝 脚光の舞台裏』 アメリカでもっとも愛されたファーストレディ

Posted by erkazm on 16.2015 未分類 0 comments 0 trackback


500ページ二段組み。ひさびさにガッツリ読み応えのある自伝である。2001年から8年間、第43代アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュと共に歩んだファーストレディ、ローラ・ブッシュ。原題は『Spoken from the Heart』。直訳すれば「心の中を正直に吐露する」とでもなろうか。堅実な人柄から「アメリカでもっとも愛されたファーストレディ」と評される人だけあって、タイトルもとても真摯である。

1946年11月4日、テキサス州ミッドランドに生まれたローラ。父親は自動車のローンを購入者に斡旋する金融会社に勤めており何不自由なく育つ。唯一残念だとしたら、あとから生まれた弟や妹がみんな死んでしまい、一人っ子だということぐらいだ。

大きな家、大きな冷蔵庫、花柄のベッドカバー、チキンフライ、庭ではバーベキュー。かつて見た1950年代のアメリカのテレビドラマそのままの生活だ。14歳で免許を取った。

成績が良くてまじめで読書が大好き、常に上級クラスにいた。だがローラが17歳のある夜、交通事故を起こし友人を死なせてしまう。彼女の心の傷は深く大きかった。大学卒業後、小学校の教員や図書館司書などを務めたが、この事故の後遺症は大きく30歳過ぎまで独身ですごした。彼女の傷を癒したのがジョージ・w・ブッシュだ。


ちょっと想像できる?ミッドランドで一番結婚に適した独身男性が、ミッドランドのいき遅れ代表と結婚するだなんて



ふたりの結婚は、世間でそう噂された。彼女は31歳になっていた。

新婚直後からジョージは共和党員としてアメリカ連邦議会の議席獲得に乗りだす。父親のジョージ・H・W・ブッシュ、通称・パパブッシュは当時下院議員の二期目。祖父も上院議員であり、ブッシュ家は政治家の血筋であったのだ。

子供はなかなか授からなかった。パパブッシュが副大統領職にあった34歳で、ようやく女の子の双子を妊娠した。バーバラとジュナ、彼女の宝物である。

ここまでは普通の主婦とそれほど変わりはない。夫の大酒に苦しみ、嫁姑の諍い、子供のPTAなど、国が変わっても妻の悩みは同じだ。しかし義父が大統領を辞め、夫がテキサス州知事となった頃から、ローラは徐々にファーストレディとしての自覚が出てきたようだ。公邸に住み人に見られることを前提に過ごす。夫だけでなく、自分も教育問題に取り組み、特に幼児教育や児童虐待に力を注いでいく。

やがてジョージは大統領を目指し、選挙戦に突入する。大統領選は長丁場である。しかしブッシュ夫妻、そしてアル・ゴア夫妻にとって、2000年の選挙戦最後の35日ほど長いときはなかただろう。フロリダ州の再集計は、世界中が見守り続けた。43代大統領としてジョージが決まったときは就任式までわずか5週間、通常の半分しかなく用意は大慌てで行われた。

ジョージ・W・ブッシュが大統領であった8年刊は大事件の連続だったと言っていい。就任直後の9.11のニューヨークとワシントンD.C.で同時多発テロ、直後に報復攻撃の準備に取り掛かり、10月7日にアフガニスタン侵攻。国内は炭疽菌小包による無差別殺人が起こり死亡者もでた。12月7日にタリバーンを壊滅させた。翌年3月19日、イラク戦争開始。5月1日には終結宣言が行われ、徐々に民主化への道を探り始める。12月にはフセインの逮捕。しかし自爆テロなどは絶えず、戦争の引き金となった大量破壊兵器も見つからなかった。2004年8月29日、ハリケーン・カトリーナの大災害。イラク戦争の後遺症は大きく、支持率は歴代大統領としては最低の28%まで落ちる。

2008年、共和党候補ジョン・マケインが民主党候補バラク・オバマに敗退した。その後リーマン・ショックによる世界同時不況が起こる。2009年1月20日正午、任期満了で大統領を退任。

特に9.11以後のアメリカをローラは冷静に見つめている。本書の白眉である。夫である大統領を陰で支え続け、各国首相の対応や国民の反応を、一番身近な人間としてブッシュに報告している。辛辣な人物評もユーモアに包みつつ筆鋒は鋭い。

本書で初めて明らかにされた、9.11以降、ブッシュ一家を襲ったテロの情報は戦慄する。どこで何をしていても情報機関から「狙われている」と報告されれば、すぐさま逃げなくてはならない。フセインの息子の宮殿の壁いっぱいに二人の娘の写真が貼られていたとは、なんとおぞましい話なのか。

緊迫した政治経済状況とは一線を画し、ローラは女性を通じた世界外交を広めていく。教育を受けられない国、エイズに怯える国、産院のない国。女性が幸せに平和に暮らせるよう、ローラはファーストレディの立場を目いっぱい有効に使っていた。

大統領が主催するパーティの準備の様子も楽しい。食事を共にすることは、非常に有益な外交手段なのだ。ローラは恵まれた人脈を持っていた。それは誠実な性格の表れなのだろう。前大統領夫人のヒラリー・クリントンとも親しく、多くのアドバイスをもらっているし、国家安全保障問題担当大統領補佐官のコンディ・ライスとも非常に近しい間柄だったようだ。

日本の首相、小泉純一郎との交流はご愛嬌。今思えば、2001年から6年までの長期政権を保ったことは、アメリカとの関係でいえば、とてもよかったのではないだろうか。ローラもちょっと茶化しながら日本の首相の人柄を褒めている。

ホワイトハウスは大統領の住居である、ということを本書で改めて認識させられた。歴代の大統領とその家族が暮らしたということを、ローラはとても大事にした。その上でもっと暮らしやすく、快適に過ごせるように最後まで手を入れている。

使用人たちにも誠実に接し、離任する際にはホワイトハウスで働く執事、ペンキ職人、門番、電話のオペレーターなど従業員全員をオーバルオフィス(大統領執務室)に招き写真撮影を行った。ここに勤めて40年になる人でも、オフィスに招き入れられたのは初めてで、感激のあまり目を潤ませていたという。

本書を翻訳した村井理子はブッシュ大統領のストーカーを自認し、任期中、彼の行動を見張りニュースに目を通し、ユニークでちょっとドジな人柄をネットに上げてきた。後に『ブッシュ妄言録』を上梓したが、外国人がアメリカ大統領をウォッチしたものとしては、出色の出来だとおもう。その彼女ですら、ローラに対して最大限の賛辞を惜しまない。現在でも各国女性の教育や保健衛生、識字率の向上のための活動を続けている。(村井理子の翻訳者のワンコイン恋文はこちら)

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Posted by erkazm on 16.2015 未分類 1 comments 0 trackback

アホウドリを追った日本人――一攫千金の夢と南洋進出 (岩波新書)アホウドリを追った日本人――一攫千金の夢と南洋進出 (岩波新書)
(2015/03/21)
平岡 昭利

商品詳細を見る

鎖国が解かれた明治以降、日本人は小さな船を操り数々の危険を乗り越えて、海の彼方の無人島を目指した。最初は八丈島近く、やがて大海原を越えて太平洋のど真ん中まで進出していく。断崖絶壁の鳥島、岩だらけの尖閣諸島、ハワイ諸島西端のミッドウェー島まで、なぜ日本人は命がけで絶海の孤島を目指したのか。

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彼らが求めたもの。それはアホウドリの羽であった。

幕末に横浜が開港してから、横浜商人のなかに鳥類を営業扱い品目に記載している店がかなりみられた。飼育用もあるが、多くは羽毛採取目的の鳥だと考えられる。当時、ロンドン市場では日本からの羽毛が、年間数千羽の規模で取引されていたという。鳥類は日本にとって重要な輸出品目であった。

1876年にパリでは羅紗より5倍軽く、3倍暖かい鳥の羽毛の衣類が大流行していると読売新聞が報じると、それまで破棄されていた羽毛を精製し、輸出が開始された。ヨーロッパの貴婦人たちの帽子や衣服、アクセサリーの原料として珍重されたのだ。

南洋のアホウドリに最初に目を付けたのは、八丈島の大工、玉置半右衛門という男である。彼は、維新前から江戸幕府による小笠原開拓に従事していた。

当時の小笠原は、台風などの自然災害のため食料の確保も難しく、生活は極めて厳しかったが、べっ甲細工のウミガメ、料理に使うキクラゲ、染料の藍など高価な天然資源が取れるため、開発が急がれていた。その財産のひとつにアホウドリがあった。当時の小笠原諸島はアホウドリの楽園であったのだ。

アホウドリは両翼を広げると2.4メートル荷もなる太平洋で最大級の海鳥だ。名前の通り人を恐れず、その上、大型の鳥ゆえ飛び立つために20~30メートルの滑走が必要である。人が捕獲しようと思えば、極めて簡単なのだ。
明治10年代になると小笠原への移住者は急増し、多くのアホウドリは棍棒で撲殺され、羽毛は横浜の外国商人に、肉は乾燥して自家用の食料に、卵は本土に送られた。だがあまりに短時間に大量の捕獲を行ったため、5~6年で激減しほとんど壊滅状態となった。

開発に携わった玉置半右衛門は、その様子をつぶさに観察していた。アホウドリの価値を十分認識していた彼が眼を付けたのは、伊豆諸島最南端の無人島、鳥島である。鳥島の「牧畜開拓」という名目で、借地と下船許可を東京府から得た。
1887年、南洋開拓の必要性から小笠原諸島南方の火山列島探検が実施される。このときの逓信省大臣は、移民・殖産事業に情熱を燃やす榎本武揚。この一行に玉置半右衛門ら13人が同乗し、鳥島へ向かった。

鳥島で下船した13人は見渡す限りのアホウドリに驚嘆する。事業の成功を確信した玉置半右衛門は時の政府に農業、牧畜、漁業の開拓実績を強調し、この島を無償で10年間借り受ける許可を取る。その年から翌年にかけて男女合わせて40人が入植。撲殺による捕獲が始まった。労働者一人当たり1日100羽、200羽は当たり前。半年間で10万羽が殺されたという。

アホウドリの羽毛は3羽からおよそ600グラム取れる。変動はあるものの、アホウドリの腹毛60キログラムは30円から50円。最高の部分では100円にもなった。年間の収入はおよそ6万から7万円。経費を抜いた玉置半右衛門の取り分はおよそ4万円。
当時の小学校教員の初任給8円。現在の相場である20万円として換算すると、年収10億円にもなる計算である。鳥島上陸4年後には築地に本店を構え、9年後には全国の長者番付に名前を連ねる大実業家となった。

玉置半右衛門の大成功が、ヒーローものの冒険活劇として新聞や雑誌に取り上げられるのと時期を同じくして、国力の充実を図るため南進論が台頭する。まだ武力進出という目的ではなく、無人島探検と開拓、そして貿易が主眼であった。第2、第3の玉置半右衛門を目指し、一獲千金を目論んだ多くの男が島を目指したのだ。

しかし15年後、鳥島は大噴火を起こす。島で従事していた125人は全滅。「アホウドリのたたり」と呼ばれるほどの大惨事となった。

他の島でも乱獲は続き、当然のことながらアホウドリは減少の一途をたどる。そのため、日本人はさらに遠くの無人島を求めていく。それは諸外国との軋轢を生むこととなった。ユートピアを目指すあまり、存在しない島が書かれた地図も著された。

羽毛を諦めた人たちが次に狙ったのは鳥の糞「グアノ」である。肥料として珍重されたグアノを求め、アメリカなどと争奪戦は激しさを増す。無人島分捕り合戦が、第二次世界大戦における南洋の足場になっていくとは、その時、誰も想像しなかっただろう。

著者は地理学の専門家である。40年ほど前に沖縄本島から東方へ360キロ離れた南大東島で地理学の調査を行っている時に、ある疑問にとらわれたのだ。断崖絶壁の無人島に1900年代に遠く伊豆諸島の八丈島から入植した人たちがいたのはなぜなのか。
手がかりはアホウドリにある、と気づいたときこの壮大な謎解きは始まった。
戦後、絶滅寸前まで追いやられ、特別天然記念物に指定されたアホウドリだが、つい先日、山科鳥類研究所がアホウドリ繁殖を小笠原の媒島で確認した。人を恐れぬ巨大な海鳥を、これからは温かく見守っていきたい。
(地図は編集部よりお借りしました)
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泣いて笑って『サッカーデイズ』

Posted by erkazm on 26.2013 未分類 0 comments 0 trackback
サッカーデイズ

サッカーデイズ

  • 作者:杉江 由次
  • 出版社:白水社
  • 発売日: 2013-08-21


家族の理想は?と考えると、両親と子供二人、出来ればお姉ちゃんと弟という構成が頭に浮かぶ。多分、小さいころから刷り込まれた“一姫二太郎”が色濃く残っているのだろう。『サッカーデイズ』はまさに私の中では典型的な家族が、サッカーとともに笑って泣いた2年間の日常記だ。自分が子どもを持たなかったからか、少し羨ましくお伽噺を読むみたいな気持ちを味わいながら読み終わった。

「お父さんコーチ」と言うのだそうだ。サッカーや野球、あるいはラグビーなどチームで戦う競技では、選手の父親がコーチを務めることは少なくない。そういう人たちのことである。

サッカーは見るのもやるのも大好きだが、教えることなんて考えてもいなかった杉江由次が少女サッカーチーム「FCスマイルズ」のコーチになったのは、所属する娘が小学4年の時だった。

ただボールを追いかけるのが楽しい幼い子どもたちに、ポジションを指示し、ゲームとして成立させるのは一苦労である。それだけではない。頭を悩ませるのは指導者不足と審判の準備。どちらもいなければ試合や練習ができないのに成り手が少なく、引き受けようものならほとんどの休日が費やされてしまう。

資金繰りも大変だ。子どもたちが最優先になるためお父さんコーチはボランティアである。よっぽど好きでなくては務まらない。それなのに、保護者は言いたい放題。自分の子どもがレギュラーになれないと、怒鳴り声をあげて抗議をする父親。それに巻き込まれる他の父兄。責任を取って娘ともどもチームを辞めるお父さんコーチ。仕事でない分、よけいに気を遣い、やるせない思いをする。

選手は依怙贔屓せず、みんな同じように指導する、と決めても、自分の娘には「もっと強くなってほしい」と辛く当たる。娘は娘で、コーチの父親には甘えないように、と自分を律している。健気だ。

諸般の事情からチーフコーチを受けざるを得なくなった杉江は、手探りで選手たちに向き合う。やがてつけられたあだ名が「カッパコーチ」。ダンゴのように転がるだけのサッカーから、ゲームが出来るチームになるころ、お父さんコーチはそれなりにコーチらしくなっていく。

上達していく娘と裏腹に、一年生の弟はいまひとつやる気がない。練習に行ったらポイントひとつ、15ポイント溜まったらおもちゃを買ってもらえるというカードを作り、何とか気を引いている状態だ。

ある日のミニゲームのあと、チャイルドシートに乗せて自転車を漕いで帰る道すがら、



「なんかさ、ボールにさわるとウキウキしちゃうね」(中略)
「ぼくね、サッカーのココロになったんだよ」
「サッカーの心?」
「そうだよ。グランドにいるときはサッカーのことだけ考えるようになったんだ」
「そうなのか」
「うん、お家に帰ったらおもちゃのココロだけどね」





その日、ポイントをふたつ押してやった父親のココロ……

U―12ともなると、ポジション争いも厳しくなり、勝ち進めば県大会、関東大会と大舞台に立つことになる。明らかに天才と思えるような子もいれば、レギュラーギリギリの子もいる。コーチとしてはみんなを試合に出したいし、勝ちあがりたい。そのジレンマがビンビン伝わってくる。

PK戦で勝利した後の子どもたちの歓喜は、ワールドカップで優勝したなでしこジャパンの選手たちとダブる。私の気分もまさに佐々木監督。杉江の指導している子供たちの中から将来の日本代表が出るかもしれないのだ。

杉江一家の『サッカーデイズ』はさらに続く。お父さんは浦和レッズの試合に一喜一憂し、これからもずっとサッカーを楽しんでいくのだろう。

本書には、杉江の子ども時代の思い出が随所に出てくる。たまたま目にしたお兄さんのブログ がステキだったので、最後に紹介したい。著者の了解は取ったのだけど、大丈夫でしょうか、お兄さん?

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ザ・キングファーザー

ザ・キングファーザー

  • 作者:田崎健太
  • 出版社:カンゼン
  • 発売日: 2013-06-20


キングカズの父親はこんな人だった!栗下直也のレビューもどうぞ。

最後のロッカールーム (日テレBOOKS)

最後のロッカールーム (日テレBOOKS)

  • 作者:
  • 出版社:日本テレビ放送網
  • 発売日: 2012-12-21


「全国高校サッカー選手権大会」で負けてしまった直後の監督たちの言葉。深津晋一郎のレビューが熱い。

越境フットボーラー

越境フットボーラー

  • 作者:佐藤 俊
  • 出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2012-01-06


「マイナーサッカー国のガイド」という一面が面白い。栗下直也がサッカー部だったというのにも驚いた。レビューはこちら。

『弱いロボット』 だから僕が助けてあげる。

Posted by erkazm on 06.2012 未分類 0 comments 0 trackback

弱いロボット (シリーズ ケアをひらく)弱いロボット (シリーズ ケアをひらく)
(2012/08/24)
岡田 美智男

商品詳細を見る


この夏、東京新宿歌舞伎町に新名所となるロボットレストランが誕生した。行ってきた人の話によると、バブルのころに大流行したショーパブのようなものだが、本当にドでかいセクシー女性ロボットが登場し、ダンサーたちと絡むのだそうだ。一日3回ある公演は、ほぼ満席で、女性が見ても嫌悪感なく面白いとか。これはぜひ行ってみたい。

こちらのCMもこの夏登場したもの。いつも話題を振りまく金鳥。



よく出来てるなあ、と思う反面、ちょっと怖くはないだろうか。
こういう感情を「不気味の谷現象」と呼ぶのだそうだ。ロボットを人の形に似せていくと、徐々に好感を持ち共感度も高くなっていくのだが、あるところで突然嫌悪感や不気味さを感じるようになる。それを越えてより人間に近づけば、また好感度があがる、その谷間にこのCMはあるような気がする。もちろん計算済みなのだろうが。

『弱いロボット』はコミュニケーションの認知科学を専門とする著者が、なにげない日常の中にロボットを取り込む試みについて書かれている。人間にとってロボットは何かをしてくれるもの、役に立ってもらうもの、生活をよりよくするものという概念があるが、本書の中のロボットは、まさに「弱い」。ややもするとロボットというより玩具に近いかもしれない。しかし弱いからこそ人とのコミュニケーションに大きな役割を持つことだってあるのだ。

「弱いロボット」研究のきっかけは些細なことだった。東北出身で口下手な著者が、関東のNTT基礎研究所から関西の「けいはんな」学術研究都市にあるART(国際電気通信基礎技術研究所)へ異動になった時の話だ。生まれて初めての関西圏での生活で、会話の巧妙さに圧倒されることになった。なにげない雑談に加われない。そんな環境の中で「なにげない雑談って、そもそもどういうものなのだろう」という疑問が湧き上がってきた。

学生時代から音声科学を専門にし、コンピュータの発展とともに音声認識の研究をしていたが、当時「人工知能研究の冬の時代」で大きな壁にぶち当たっていた。そこで新しいテーマに選んだのが「なにげないおしゃべり」の研究だった。

関西人の会話は、関東から行くと非常に驚かされる。神戸っ子の夫は、普段東京で暮らしているときは、無口であまりしゃべるほうではない。しかし実家に帰って母とおしゃべりすると、同じ人間かと思うほど当意即妙なやりとりをしている。会話はキャッチボールとはよく言われることだが、自分の話の意味もそこそこ、相手の話の意味もそこそこ、相手に委ねてしまういい加減さが必要なのだと著者は分析する。

そんな雑談の雰囲気をコンピュータで表現でいないか、と製作したのが「トーキング・アイ」という目玉の仮想生物(クリーチャ)だった。



大きなスクリーンの中に「目玉」たちがぽっかりと浮かんでいる。バネの上でゆっくりと上下左右に揺れながら、のんびりと交互にしゃべっている。

「あのなあ」「なんやなんや」「こんなん知っとる?」「そやなあ」……

そんな他愛もないやりとりが際限なく続く。




画像がないのが残念だが、目玉の向きや動きで会話ともいえない会話が延々と続く様子は、まさにおばちゃん同士の会話そのままだ。そんな時に出現したのが「アシモ」だった。よちよち歩く健気さに心を奪われた岡田先生は、二次元のクリーチャの実体化を図ることにした。最初は東急ハンズで買ってきたスプリングや麻袋にウェブカメラを付けただけの簡単なもの。それだけのものなのに、なんとなく表情や感情を読み取れるような感じがする。

そして出来上がったのが「む~」という一つ目小僧。ブルルンとした手触りの発泡ウレタンゴムを使い真ん中に大きな目玉。話しかけると答えてくれるが、言葉はピングー語。つまり乳幼児の言葉のように「む~、む、むむぅ」と反響的な模倣を返す。これによって、国際会議場でどんな言語で話しかけられても答えられる万能性を身に着けた。

[caption id="attachment_14321" align="alignleft" width="304"] 日本マネキンディスプレイ協会コラムより拝借[/caption]

人らしさはまったくない。しかし話しかけたら返事をしてくれる(ような気がする)。子供やペットが介在すると会話がはずむように、「む~」のようなロボットが介護や看護など役に立たないか。ロボットにしてもらうのではなく「してあげる」こと。ペースはいくらゆっくりでもつきあってくれる。なんだかわからないシロモノだけど、会話も行為も相手に委ねることで上下関係のない対等な立場になれるのだ。実際、認知症の老人や精神障害者にも有効であることが証明されている。

人間のアシストが必要な弱いロボット。そのひとつが「ゴミ箱ロボット」だ。豊橋子ども未来館の広場では、いくつかのカラフルなゴミ箱がよちよち歩く。ゴミを見つけても自分では入れられない。人が拾って入れてくれると軽く会釈する。子供たちが興味を示す。見えるのは会釈される満足感や弱いものをちょっといじめたくなる残酷性。相手の動きを受けて次の行動へ移っていく。関西での会話「ボケ」「ツッコミ」は子供のころからその訓練がなされているからなのだ。




いつも大変興味深い示唆を与えてくれる「シリーズ ケアをひらく」は、今回も意外なところから人間関係のアプローチ方法を教えてもらった。ロボットの可能性はまだまだ広がりそうだ。一度、ゴミ箱ロボットに会いに行ってみようか。

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HONZで紹介されたロボット関連の本。


村上浩のレビューはこちら


ロボット創造学入門 (岩波ジュニア新書 〈知の航海〉シリーズ)

ロボット創造学入門 (岩波ジュニア新書 〈知の航海〉シリーズ)



  • 作者: 広瀬 茂男

  • 出版社: 岩波書店

  • 発売日: 2011/6/22





鈴木葉月のレビューはこちら


どうすれば「人」を創れるか―アンドロイドになった私

どうすれば「人」を創れるか―アンドロイドになった私



  • 作者: 石黒 浩

  • 出版社: 新潮社 (2011/04)

  • 発売日: 2011/04





久保洋介のレビューはこちら


閃け!棋士に挑むコンピュータ

閃け!棋士に挑むコンピュータ



  • 作者: 田中 徹、難波 美帆

  • 出版社: 梧桐書院

  • 発売日: 2011/2/10





HONZの前身「本のキュレーター勉強会」では、毎月課題本が出て全員がレビューを書いた。初々しいレビューをお読みになりたい方は、検索窓に書名を入れてみてください。
  

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